大判例

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福岡高等裁判所 平成5年(ネ)785号 判決 1995年12月15日

控訴人

甲野太郎

株式会社西日本新聞社

右代表者代表取締役

青木秀

控訴人

稲積謙次郎

右両名訴訟代理人弁護士

大谷辰雄

牟田哲朗

被控訴人

宗教法人オウム真理教

右代表者代表役員

松本智津夫

主文

一  原判決中控訴人ら敗訴部分を取り消す。

二  被控訴人の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  申立

控訴の趣旨(控訴人ら)

主文と同旨

第二  事案の概要

一  控訴人株式会社西日本新聞社(以下「控訴人新聞社」という。)は、その発行する日刊新聞に、控訴人甲野太郎(以下「控訴人甲野」という。)は、妻が五人の子供を連れて被控訴人の道場に家出し、右道場において子供らが被控訴人の代表者である教祖により不当に監禁状態におかれたとして、同教祖を被告として損害賠償の訴訟を提起する予定である旨の記事を掲載した。

被控訴人は、右記事により名誉を毀損されたと主張して、控訴人新聞社に対し、謝罪広告の掲載を請求するとともに、控訴人新聞社、その編集局長である控訴人稲積謙次郎(以下「控訴人稲積」という。)及び控訴人甲野に対し、一〇〇万円の損害賠償(慰謝料)を請求した。

原判決は、被控訴人の主張を認め、控訴人らに対し、五〇万円の損害賠償を命じたが、謝罪広告掲載請求については、必要なしとして棄却した。

二  当事者間に争いがない事実及び当事者双方の主張は、原判決事実及び理由中の「第二 事案の概要」に記載のとおりであるから、これを引用する。

第三  証拠

原審及び当審記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

第四  判断

一  本件記事が掲載されるに至った経過等につき、<略>を総合すると、以下の事実が認められる。

1  控訴人甲野は、福岡市内において食品製造業を営んでいたもので、妻の甲野花子(以下「花子」という。)との間に長女雪子(昭和五〇年生)、二女月子(昭和五二年生)、長男一郎(昭和五四年生)、二男次郎(昭和五七年生)及び三女良子(昭和六〇年生)の五人の子がある。花子は、昭和六二年一二月ころ、被控訴人(平成元年八月に宗教法人となる以前の母体組織)に入信し、同じころ控訴人甲野も被控訴人(右同)に入信したが、同控訴人は、その後、被控訴人を脱会し、残った花子に対しても強く脱会を求め、これに従わない花子との間に軋轢を生じるようになった。

花子は、平成元年三月一一日、右五人の子らを連れて家出し、同年七月中旬ころには被控訴人の富士山総本部道場(静岡県富士宮市所在)に入ったが、控訴人甲野が、被控訴人側と交渉した結果、同年九月一五日、五人の子らだけは控訴人甲野のもとに戻った。

2  被控訴人に対する反発を強め、糾弾の活動を行うようになっていた控訴人甲野は、平成元年暮れころ、福岡県弁護士会所属の平田広志弁護士(以下「平田弁護士」という。)に相談した。平田弁護士は、控訴人甲野の依頼に基づき、平成二年七月ころから、被控訴人ないし被控訴人の教祖であり、代表者である麻原こと松本智津夫(以下「麻原教祖」という。)を子らに対する監禁罪で刑事告訴し、かつ、被控訴人ないし麻原教祖に対し損害賠償(慰謝料)請求の民事訴訟を福岡地方裁判所に提起すべく、これに支援賛同する多数の弁護士によって講成されたオウム弁護団を組織して、その準備を進め、右告訴及び訴訟提起につき、記者会見を行ってマスコミに発表することを予定していた。

3  控訴人新聞社社会部の司法担当記者である訴外柴田建哉(以下「柴田記者」という。)は、同年八月中旬ころ、平田弁護士に対して電話取材を行い、同弁護士から「被控訴人に入信した母親が子供五人を連れて被控訴人の道場に入り、同道場において、子供らがコンテナに三日間閉じ込められたことがあり、父親が原告となって被控訴人と麻原教祖に対し損害賠償請求の訴えと刑事告訴をすることにしており、民事訴訟については、同年九月に提訴する予定である。」旨の説明を受け、また、同年九月一一日ころ、控訴人甲野の代理人である他の弁護士二名にも電話取材を行い、同旨の回答を得たため、提訴は確定的であると考え、これに基づいて原稿を書き上げ(控訴人甲野の氏名は判明しなかったため、直接取材することはできなかった。)、控訴人の編集局長である控訴人稲積は、これを本件記事として、同年九月一二日付朝刊に掲載させた。

4  しかし、その直後、控訴人甲野の長女と二女が家出して被控訴人の施設に入ってしまったことから、控訴人甲野と平田弁護士は、急ぎ右二名の子らについて人身保護請求の手続を取ることとしたため、被控訴人及び麻原教祖に対する損害賠償請求訴訟の提起は延期された。そして、その後控訴人甲野と弁護団との間に対応方針につき不一致が生じ、結果として、右訴訟は提起されないままに終わった。

右損害賠償請求訴訟の訴状の原案は、被告の麻原教祖は、花子に指示して五人の子らを父親である原告(控訴人甲野)から引き離し、原告(控訴人甲野)が再三にわたり返すよう求めたのに、これに応じることなく、子供らを隔離し、学校にも行かせず、三日間コンテナを改造した独房に閉じこめるなど、極めて劣悪な環境下においたものであり、原告(控訴人甲野)は、被告麻原教祖の右行為により、親権を侵害されたほか、子供らの安否を心配するなど多大の精神的苦痛を受けたとして、被告麻原教祖及び被告教団(被控訴人)に対し、不法行為による慰謝料等五五〇万円の賠償(被告教団については、民法四四条による責任)を求める、というものであった。

二  控訴人新聞社及び控訴人稲積に対する請求について

1  本件記事は、被控訴人の代表者である麻原教祖に対し、子供の監禁などの不法行為を理由とする、父親(控訴人甲野)からの損害賠償請求の民事訴訟が裁判所に提起される予定であるという客観的事実を報じたものであり、「訴状などによれば」という形で、麻原教祖に違法行為があったという控訴人甲野の訴状における主張を引用しており、引用された控訴人甲野の主張事実は、麻原教祖に率いられる被控訴人の社会的評価を低下させ、名誉を毀損するに足りるものであるが、本件記事が、右主張のとおりの事実が存在し、麻原教祖に違法行為に基づく損害賠償責任がある旨を断定的に記述したものでないことは明らかである。

2  しかしながら、一般に、記事が、ある者の名誉を毀損する内容を含む第三者の意見を引用するという形式を装いながら、実際には右意見のとおりの事実があることを仄めかし、読者にそのような印象を抱かせることを主な狙いとしている場合には、右記事は、これを発表した者自身による事実の摘示、意見の開陳にほかならないから、そのような意見が存在するという客観的事実を記述したにすぎないという弁明は通用せず、名誉毀損の責任を免れ得るものではない。

しかし、本件記事は、右の種類の引用記事とは性質を異にすると認められる。

すなわち、乙イ四、五、一八、一九、二二ないし二四、二六、二九ないし三一号証及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人は、多数の信者及び各地の施設を擁する新興宗教団体であるが、本件記事が掲載された平成二年九月当時、その活動等に関して各地で種々の紛議を起こし、子の引渡をめぐる人身保護請求事件等の争訟や刑事告訴が頻発し、広く社会的関心を集めていたことが認められるから、被控訴人の宗教活動をめぐって新たな訴訟が提起されようとしているという事実を報道することは、公共の利害に関する事実に係り、もっぱら公益を図る目的に出た、社会的意義を有する行為であり、右報道の性質上、いかなる内容の訴訟が提起されようとしているのかを明らかにするため、訴状の記載を引用することは、必要不可欠であったといわざるを得ない。そして、右訴状の記載が事実に沿ったものであるかどうか、損害賠償請求が理由のあるものかどうかは、裁判所における審理を待たなければ判明しないのであり、控訴人新聞社において、右訴訟提起の段階で、訴状の記載内容が真実であるか否か、あるいは、真実らしさを確信させるに足りる証拠が存在するか否かを調査し、判断することは極めて困難であったと考えられる。したがって、訴訟の目的や訴状の記載内容から、事実上、法律上の理由を欠くことが明らかで、訴権の濫用にあたることが一見して明白であるような場合は格別、真剣に法的救済を求めようとしているものであることが読みとれる場合に、右の調査、判断を経なければ、訴訟の提起という事実の報道は許されず、審理の結果、裁判所により、訴状の記載内容が真実と合致しないとの理由により請求が認容されなかった場合には、被告の違法行為を指摘する記載内容のある訴状を引用してなした訴訟提起の事実の報道はおしなべて名誉毀損の不法行為を構成することとなるというのでは、いかに公益を図るもので社会的意義があっても、訴訟が提起され、ないしは、提起される予定であるという事実を報道することは不可能となる(右訴訟において被告とされた側の意見を聴取し、これを同時に掲載するのは、できるだけ中立たらんとする報道側の見識ということはできるが、これを掲載しない限り、訴訟提起の事実を報道することが許されないとまでは解されない。)。

また、本件記事は、ことさらに、右訴訟における控訴人甲野の主張にかかる事実が真実であると印象付けようとする作為の跡があるとは認められず、注意を怠ったがために、意図せずしてそのような効果を生み出しているものとも認められない。本件記事の前記大見出し部分は、ややセンセーショナルな傾向はあるものの、本件記事が掲載された控訴人新聞社発行の新聞の一般的、平均的読者、すなわち、通常の教養と読解力をそなえた市民がこれを読んだと想定した場合、かぎ括弧で括られた右大見出しの文意から、この見出しは誰かの心情ないし主張の表現と受け取り、続く小見出しを併せ読むことにより、これが、問題の損害賠償請求訴訟において、一方の当事者である控訴人甲野が主張しようとしている言い分の要約にすぎないことを理解することは極めて容易であったと考えられる。既に各地で物議をかもしていた当時の被控訴人をめぐる社会状況のもとにおいて、本件記事の読者が、被控訴人の活動に関して生じた紛争から、また新たな訴訟が提起されようとしているという事実を知り、これに基づいて、被控訴人ないしその活動には、何か問題があるのではないかという疑念を抱いた者があったであろうことは推認し得るが、それ以上に、右訴訟における控訴人甲野の主張にかかる事実がそのまま真実であると短絡的に理解し、被控訴人が犯罪行為を行う集団であると単純に思いこみ、あるいは、思いこむおそれがあったことを認めるべき証拠はない。

3 してみると、本件記事に引用された控訴人甲野の訴状の記載内容には、被控訴人の社会的評価の低下、名誉の毀損をきたすに足りる事実の摘示があるが、右記事の掲載行為が公共の利害に関する事実に係り、もっぱら公益を図る目的に出た場合であり、訴訟が提起される予定であるという部分につきこれが真実に合致していることが証明された以上、右訴訟における訴状の記載内容が真実であるか否かを問わず、本件記事の掲載行為には違法性がなく、控訴人新聞社及び控訴人稲積の被控訴人に対する名誉毀損の不法行為は成立しないというべきである。

4  以上の次第であるから、その余の事項について判断するまでもなく、被控訴人の控訴人新聞社及び控訴人稲積に対する本訴請求はいずれも失当である。

三  控訴人甲野に対する請求について

1  前認定の事実によれば、控訴人甲野は、控訴人新聞社による本件記事の掲載については何ら関与していないことが認められ、控訴人甲野が、控訴人新聞社をして本件記事を掲載させた事実はもとより、控訴人新聞社が本件記事を掲載することをあらかじめ認識し、これを容認していた事実を認めるべき証拠はない。もっとも、控訴人甲野は、被控訴人をめぐる当時の社会情勢のもとでは、前記の内容の訴状により被控訴人に対する損害賠償請求訴訟を提起すれば、これが新聞によって報道され、多数の読者の目に触れるであろうと予測していたことを推認し得ないではないが、自分が原告となって提起する予定の訴えの訴状の内容が、訴訟提起前に、前記柴田記者によって本件記事に引用され、これにより不特定多数の新聞読者が右訴状の内容を知るに至ったからといって、控訴人甲野が、自ら、ないしは、柴田記者及び控訴人新聞社を道具として、被控訴人の名誉を毀損する事実を公然と摘示したことにならないのは明らかであり、また、控訴人甲野は、右訴状により訴訟を提起したのではなく、その準備をしていたにすぎないのであるから、控訴人甲野の右準備行為と、右訴状の記載内容が本件記事に引用され、これによって被控訴人の名誉を毀損するに足りる事実が公けになったこととの間に相当因果関係があると認めることはできない。

2  したがって、被控訴人の控訴人甲野に対する損害賠償請求もまた理由がないことに帰する。

四  よって、控訴人らの本件各控訴はいずれも理由があるから、原判決中控訴人ら敗訴部分を取り消したうえ、被控訴人の本訴請求を棄却することとし、民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

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